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あさが来た今井あさの実在モデルは誰?姉や大学をチェック!

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あさが来た_波留_-_Google_検索こんにちは、朝ドラ大好きぐーちゃんママです^^♡

昨日は九州直撃の台風で朝から凄い風が吹いて、心配しましたが

通り過ぎて行きました。

そのせいかすっかり秋めいて・・・

そこで、秋から始まる

NHK朝ドラ「あさが来た」をチェックしようと思います。

「あさが来た」のヒロイン今井あさは実在モデルがおられます

広岡浅子さんです

彼女をモデルにした小説「 土佐堀川」を原案に

実話の人物・企業・団体名などを改名して大幅に脚色し、

フィクションとして制作されてるそうです

マッサンみたいですね^^♡

 広岡浅子さんのプロフィール!

広岡浅子_-_Google_検索

1849年10月18日に三井財閥の一族の三井家の六代当主・三井高益の四女として

現在の京都市に生まれます、

つまり、凄〜くお金持ちのお嬢さんってことです!

広岡浅子_-_Google_検索

幼少の頃は照(幼名)と呼ばれ、裁縫や茶の湯、生け花、琴の稽古よりも

勉強が大好きで学問に強い興味を持っていました

女に教育は不要」という時代、読書も禁じられていたそうです

彼女がきちんと教育を受けていたら、日本は変わっていたかも・・・

広岡信五郎_-_Google_検索

17歳の時、第8代加島屋久右衛門正饒(やっぱり凄〜いお金持ち)の次男・広岡信五郎と結婚!

手代に仕事を任せっきりで仕事をしない商家の風習と信五郎に疑問を感じて、簿記や算術を独学したそうです

 

素晴らしいですね、頭の出来が違うんでしょうか?

金持ちに生まれて、金持ちに嫁いだなら、普通美味しもの食べて

綺麗な着物きて、遊んで暮らしますよねー

普通のお嬢様じゃ無い様です、恐るべし広岡浅子!!

 

女性実業家は九転十起の女だった

1884年(明治17年)ごろから炭鉱事業に参画します

筑豊の潤野炭鉱(福岡県飯塚市、後の製鐵所二瀬炭鉱)を買収して、開発に着手します

飯塚市の炭鉱といえば、「花子とアン」の時の伊藤伝右衛門さんを思い出しますね^^♡

明治・大正・昭和時代の福岡県筑豊の炭鉱主の伊藤伝右衛門さんです↓

伝右衛門_-_Google_検索

炭鉱には大きな断層が立ちふさがり、思っていたような産出量にはならず、炭鉱は休業を余儀なくされますが

「周りの炭鉱がたくさん出ているのに、ここだけ出ない道理がない」と考え

周りの反対を押し切って、再開発開始!

2年後に、潤野炭鉱は産出量が急増、優良炭鉱へと生まれ変わりました。

 

姉は?

朝ドラでは、宮崎あおいさんが演じる様です

宮崎あおい_-_Google_検索

名前は、三井春さん。

浅子さんとは異母兄弟です、浅子さんが嫁いだ頃 春さんもお嫁に行きます

ご主人は、大眉五兵衛(おおまゆ ごへえ)さん

こちらも大金持ち!!

大阪の今橋天王寺屋、大阪の老舗で最も大きく 有名な両替商です。

幕末の混乱期の影響で 倒産!!

春さんは浅子さんの様に、店の立て直しに奔走する事は、出来ない

普通の女性だった様です

縫物をしてなんとか家計の手助けをし、主人を信じて支え続けた女性です

日本女子大学校の設立に尽力

現在の日本女子大学です↓

日本女子大学_-_Google_検索

梅花女学校の校長だった成瀬仁藏の、著書『女子教育論』に大いに共鳴し

金銭的援助は勿論、政財界の有力者に協力を呼びかけるなど

積極的に動き、実家の三井家の目白台の土地を寄付させ、

1901年(明治34年)

日本女子大学校(現 日本女子大学)設立に導いた!

子供の頃、勉強したくても自由に出来なかった浅子さんだからこそ

これからの女性の勉学の為に、努力されたんだと思います。

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